傀儡の恋
22
ボートから島の方を監視する。
「……今日も姿は見えないな」
子供達と共に歩いているのは、間違いなくラクス・クラインだ。先日まではそこにアスランの姿もあったが、彼は今、カガリのそばにいるらしい。
しかし、キラの姿は今まで一度も見たことがないのだ。
「一度、上陸してみるしかないのか?」
あの島に、とラウは呟く。
「それは難しいのではありませんか?」
即座にソウキスがそうと言ってきた。
「近海の生物を確認したい。そう言って許可を取れないか?」
幼生がどこで成長しているのか。それを確認するため、と告げればもっと近づけるのではないか。
「ボートに異常が出たと言えば緊急避難が出来るだろう」
その時に監視装置のようなものを設置すればいい。
島の中心部には難しいかもしれないが、状況さえわかればいいのならば十分だ。
「……問題は監視装置ですね」
ソウキスはそう呟く。
「三日ほどお時間をいただけますか?」
さらに彼はそう問いかけてくる。
「許可を取るのにもそのくらいの時間は必要だろう。かまわないよ」
焦ってもいい結果は出ない。特に今のような状況では、なおさらだ。
あるいは、怖いのだろうか。
ふっとそんなことも考えてしまう。
「わかりました。では、しばらくお時間をいただきます」
言葉とともに軽く頭を下げると、ソウキスはそのまま部屋を出て行った。
「さて……私も仕事をするか」
名目だけとはいえ研究を志しているものとしては、それなりのデーターを提出できるようにしておかなければいけない。
そう考えて作業を開始する。
今までは必要と思われる事以外全て切り捨てていたからか。実はこう言う作業が楽しい。
我ながら以外だ、と思いながらもキーボードを叩く。
「……普通に生まれていたら、こちらの方面に進んでいたのだろうか」
過去に『IF』はないとわかっている。それでもそう言いたくなるのは目の前の作業のせいだろう。
「そうすれば、君とも出会えなかったか」
自分が自分であるための理由。
そう呟いて、すぐに苦笑を浮かべる。
普通に生まれていたならば、あの男の元から逃げ出すこともなかった。それ以前に、ヴィアに会うこともなかっただろう。
キラに会える要因が何もない。
彼を知らず、ギルバートやレイに会うこともなく生きていただろう。
そう考えた瞬間、足元が崩れ落ちていくような感覚に襲われた。
平穏な生活と、苦しいながらも大切なものを手に入れることが出来た生活。
どちらがマシなのかと考えれば、自分にとっては後者だと言える。
大切だと思える存在に出会うことなく、流されるままに生きるなど、ただ呼吸をしているだけと変わらない。
そう考える自分だからこそ、ここでこうしているのだろうか。
「本当に、君は不幸だね」
そんな自分に傷つけられ、さらにこうして執着されている。
自分がこんな感情を抱かなければ、彼はもっと自由に生きられたかもしれない。
自分も、こうしてここにいることはなかったはずだ。
だが、それもあくまでも仮定だ。現実ではない。
「……それでも、私から君に接触をすることはないよ」
もう彼を傷つけたくないから、と口の中だけで付け加える。
自分がここにいることこそイレギュラーなのだ。
死んだ人間は闇の中にだけいればいい。
もう何度目になるかわからない言葉をラウは呟いていた。